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神戸地方裁判所 平成11年(行ウ)9号 判決

原告

原告

右両名訴訟代理人弁護士

森賢昭

被告

西宮税務署長 林貞好

右訴訟代理人弁護士

滝澤功治

右指定代理人

関述之

山本弘

粟井英樹

山村仁司

三木茂樹

主文

一  原告らの訴えのうち、被告が平成九年八月七日になした更正処分(ただし、いずれも平成一〇年一月五日付け異議決定により一部取り消された後のもの)について原告らの修正申告額(原告甲の納付すべき税額二七九三万四二〇〇円、原告乙の納付すべき税額六九万八三〇〇円)を超えない部分の取消しを求める請求に係る部分をいずれも却下する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

原告らの平成六年一一月一六日相続開始に係る相続税について、被告が平成九年八月七日になした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、いずれも平成一〇年一月五日付け異議決定により一部取り消された後のもの。以下、「本件更正処分」、「本件過少申告加算税賦課決定処分」という。)を取り消す。

二  被告の答弁

1  本案前の答弁

主文第一項同旨

2  本案の答弁

主文第二項同旨

第二事案の概要

本件は、平成六年一一月一六日死亡した丙(以下「被相続人丙」という。)の相続開始に係る原告甲及び原告乙の相続税について、原告らが相続財産中に借地権(貸家建付借地権)は存しないものとして申告したのに対し、被告が右借地権(貸家建付借地権)が存するとして平成九年八月七日になした本件更正処分及び本件過少申告加算税賦課決定処分の適法性を争うものである。

一  争いのない事実

1  原告らは、被相続人丙の子であり、被相続人丙の相続人は、同人の妻丁(以下「訴外丁」という。)と原告らの三人であった。原告らの、被相続人丙の相続開始に係る相続税についての課税の経緯及びその内容は、別表「相続税の課税の経緯及びその内容」記載のとおりである。

2  被相続人丙は、昭和五七年二月一〇日、西宮市新甲陽町の宅地二九七・五四平方メートル(以下「本件土地」という。)を買い受け、昭和六二年六月一五日、本件土地を原告甲に売却し、同日、同原告に対し所有権移転登記手続をした。

3  原告甲は、右昭和六二年六月一五日、本件土地について株式会社Aに対し極度額五五〇〇万円の根抵当権を設定して資金を借り入れた上、同日、右借入金から本件土地の購入代金として五一七七万一九六〇円を被相続人丙に支払った。

4  その後、被相続人丙は、原告甲から本件土地を地代月額二〇万円で借り受け、同土地上に鉄筋コンクリート・木造スレート葺三階建の車庫・倉庫・居宅(以下「本件建物」という。)を建築し、本件建物について、昭和六三年二月二九日新築を原因とする所有権保存登記を経由した。その際、本件土地は、借地権の設定に際し、その対価として通常権利金を支払う取引上の慣行のある地域に存するが、被相続人丙は、原告甲に対して権利金を支払うことはなかった。

5  被相続人丙は、本件建物を、本件相続開始時までの間、訴外株式会社Bに対し、家賃月額四〇万円で賃貸し、右株式会社Bは、本件建物を同社の事務所として利用するとともに、原告甲及びその家族の居住の用に供していた。なお、株式会社Bの代表取締役は、原告甲の夫であり、原告甲も同社の取締役である。

6  原告甲は、平成二年分ないし平成五年分の所得税の確定申告において、本件土地に係る受取地代二四〇万円を右各年分の不動産所得の収入金額に計上して同所得を算出し、右各年分の確定申告書を被告に提出している。

また、平成六年分の所得税の確定申告においては、右収入金額について、一九〇万六八四九円(平成六年一月分ないし一一月分の金額)と計上して同所得を算出し、確定申告書を被告に提出している。

7  被相続人丙は、所得税の確定申告において、不動産所得の申告に際し、同所得の収入金額を平成四年分につき六六〇万円(そのうち、本件建物に係る受取家賃が四八〇万円)、平成五年分につき六二〇万円(同四四〇万円。ただし、平成五年一月分ないし一一月分の金額)と計上して同所得を算出し、右各年分の確定申告書を被告に提出している。

また、平成六年分の所得税の確定申告においては、右収入金額を六〇〇万円(そのうち、右受取家賃の額が三八一万三六九九円。ただし、平成六年一月分ないし一一月分の金額)と計上して同所得を算出した、確定申告書が被告に提出されている。

8  本件土地に係る固定資産税(都市計画税を含む。以下同様。)は、平成五年度が二一万八〇五〇円、平成六年度が二三万二九七〇円、平成七年度が二四万四六一〇円である。また、原告甲は、平成四年分の不動産所得の算出に際し、租税公課一九万八二三〇円を必要経費に算入している。

二  主要な争点

1  本件土地に、被相続人丙の借地権が存したか。

2  本件土地の借地権の価額いかん。

三  主要な争点等についての当事者の主張

(被告の主張)

1 争点1(本件土地の借地権の存否)について

(一) 被相続人丙は、昭和六二年六月一五日に本件土地を原告甲へ譲渡し、昭和六三年二月二九日に本件土地上に本件建物を建築していることからして、右譲渡してから間もなく本件土地の賃貸借を開始したものと推認されること、被相続人丙は、右賃貸借を開始したときから本件相続開始時までの間、本件土地に対する地代として年額二四〇万円を原告甲に支払っていたものであるが、右金額は、本件土地に係る固定資産税約二〇万円を大幅に上回るが、「相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」国税庁長官通達(昭和六〇年六月五日付け直資二―五八ほか。以下「相当地代通達」という。)に定める相当地代の額八六九万四四三一円(詳細は後記2(二)(3)のとおり)に満たないものであり、また、通常の地代の年額三四七万七七七二円(詳細は後記2(二)(3)のとおり)を超えるものではない。

(二) ところで、賃貸借契約は、一方の当事者が相手方にある物を使用・収益させることを約し、相手方がこれに対して賃料を支払うことによって成立するものをいい(民法六〇一条)、借地権は、建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権をいうものとされている(借地借家法二条一号)ところ、本件土地の賃貸借による権利は、本件建物の所有を目的とした賃借権であり、借地借家法二条一号に規定する借地権に当たることは明らかであって、使用借権とは認め難い。

夫婦、親子等の特殊関係者間における土地の使用関係については、特に賃貸借の設定があったものと認められる場合(例えば、地代の支払がある場合等)を除き、「使用貸借に係る土地についての相続税及び贈与税の取扱いについて」国税庁長官通達(昭和四八年一一月一日付け直資二―一八九ほか)により、土地の使用権設定の際には土地の借主が土地使用権(いわゆる借地権相当額)の贈与を受けたものと取り扱わず、したがって、贈与税の課税は行わないものとされているが、本件については、右のとおり借地権の設定があったものと認められるのである。

2 争点2(本件土地の借地権の価額)について

(一) 相続税における財産の評価については、相続税法二二条に規定されているとおり「相続、遺贈又は贈与に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により」評価することを原則とするところ、同条にいう時価とは、課税時期(本件の場合、本件相続開始時)において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的な交換価値を示す価額であるとされている。

しかし、財産は多種多様であり、その客観的な交換価値といってもその算定方法によって複数の価額が生じることがあるなど、課税の公平の観点からみても好ましくないことから、国税庁では、「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日付け直資五六ほか。ただし、平成三年一二月一八日付け課評二―四ほかにより名称が「財産評価基本通達」に改められた。以下「評価通達」という。)において各種財産の具体的な評価方法を定めている。

(二)(1) 借地権(建物の所有を目的とする地上権又は賃借権)の設定に際し、その設定の対価として権利金その他の一時金(以下「権利金」という。)を支払う慣行のある地域において、土地の賃貸借が締結され通常の権利金(いわゆる借地権相当額)の支払がある場合には、原則として、借地権者については課税関係は生じない。しかし、通常の権利金の支払がなく、通常の地代のみを支払い、土地の賃貸借があった場合、借地権者はその土地に係る権利金相当額の利益を土地所有者から受けたことになり、その利益に対して贈与税が課税されることになる(相続税法九条)。

(2) 借地権の設定に際し、その設定の対価として権利金を支払う慣行のある地域において、その権利金の支払に代え、〈1〉相当の地代が支払われている場合、〈2〉相当の地代に満たない地代が支払われている場合(通常の地代が支払われている場合を除く。)及び〈3〉無償返還届出書の提出されている場合のように、いわば特殊な賃貸借契約による借地権の設定があった場合における借地権者の受けた利益の取扱い、及びその土地又は借地権について相続、遺贈又は贈与による移転があったときの借地権又は貸宅地の評価については、相当地代通達の定めによるものとされている。

そして、相当地代通達に定める相当の地代の額について、同通達一項によれば、評価通達二五項の(1)に定める自用地としての価額(課税時期以前三年間の自用地としての価額の平均額)に対しておおむね六パーセント程度の地代を支払っている場合のその地代をいうものとされており、また、通常の地代の年額は、自用地としての価額から評価通達二七項の定めにより評価した借地権の価額を控除した金額(いわゆる底地価額)の過去三年間の平均額に六パーセントを乗じて計算した地代の額によることができるとされている。

なお、相当地代通達は、相当の地代を支払って土地の借受けがあった場合、土地の所有者からみれば、その土地の地代収受権としての経済的価値はいささかも侵食されておらず、その土地に借地権の設定がされてもなお、更地としての経済的価値が維持されているものと考えられることから、発せられたものであり、合理的なものといえる。また、相当地代通達に定める相当の地代の率六パーセントは、平成三年一二月一八日付け課資二―一ほかによる相当地代通達の一部改正により、相当地代通達発出の昭和六〇年六月五日以降おおむね年八パーセント程度とされていたものが、その後の地価の異常な急騰に伴い、その負担軽減を図るために改められたものであって、最近における国債の利回りに固定資産税等を加味し、併せて最近における地価事情等をも考慮して算定したものであり、妥当な率である。

(3) これを本件についてみると、本件相続開始時における本件土地に対する相当の地代の額及び通常の地代の年額は、別表10のとおり、相当の地代の額が八六九万四四三一円及び通常の地代の年額が三四七万七七七二円となるところ、被相続人丙が本件土地の地代として原告甲に支払っていた年額二四〇万円は、相当地代通達が定める適用要件であるところの、通常の地代の額を超え、相当の地代の額に満たない場合に該当せず、右(2)の特殊な賃貸借契約の場合の取扱いに該当しない。

したがって、本件については相当地代通達の適用はなく、本件土地上に存する借地権は、右(1)の原則的な場合の取扱い、すなわち、通常の権利金の支払がなく、通常の地代のみを支払い、土地の賃貸借があった場合に該当するというべきであるから、本件土地の借地権者である被相続人丙は、賃貸借の開始時において権利金相当額(借地権相当額)の利益を、本件土地の所有者である原告甲から受けたものと認められ、その借地権は、評価通達二八項の、貸家の目的に供されている借地権(いわゆる貸家建付借地権)として評価されることになる。

(三) 本件土地の借地権(貸家建付借地権)の価額は、以下のとおり、三五三六万〇一二三円となる(別表9)。

(1) 評価通達二八項は、貸家建付借地権の価額について、二七項の定めにより評価したその借地権の価額から、その価額に九四項の定めによるその貸家に係る借家権割合を乗じて計算した価額を控除した価額によって評価する旨定めている。

(2) まず、本件土地に面する路線価は、本件土地が「阪神・淡路大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律(平成七年二月二〇日法律第一一号)二九条一項に規定する特定土地等に該当するため、本件土地の平成七年分の路線価三九万円に「阪神・淡路大震災の被災地における土地等の評価の調整率」〇・九を乗じて補正した三五万一〇〇〇円となる。そして、本件土地が奥行二七・〇〇メートルであることから、「財産評価基本通達一五《奥行価格補正》の定めによる奥行価格補正等の適用について」(国税庁長官通達平成四年八月二七日付け課評二―一〇ほか。)別表2による奥行価格補正率〇・九九を乗じ、さらに、本件土地が不整形地であることから、評価通達二〇項に基づき課税実務上設けられた不整形地補正率表による本件土地の不整形地補正率〇・九五を乗じると、九八二二万二五六五円となる。

390,000×0.9×0.99×0.95×297.54=98,222,565

(3) 本件土地の存する地域の借地権割合は六〇パーセントであり、借家権割合は四〇パーセントである。

(4) したがって、本件土地の貸家建付借地権の価額は、別表9のとおり、三五三六万〇一二三円となる。

98,222,565×0.6×(1-0.4)=35,360,123

3 本件課税処分の適法性について

(一) 被相続人丙に係る相続財産の価額の合計額は、別表1「課税価格及び相続税額の計算明細表」に記載のとおり三億八九九三万六七五七円である。その内訳は、別表2の土地等三億二二七三万六三一七円(そのうち三五三六万〇一二三円は順号8の本件土地の借地権)、別表3の家屋一四四六万〇二七八円、別表4の有価証券三六八万四二一一円、別表5の現金預貯金二六八八万〇六三五円、別表6のその他の財産二一七八万五三一六円である。

(二) 被相続人丙の共同相続人三人の各相続財産の取得者は、別表2ないし6の各「財産取得者」に記載のとおりである。これに基づいて各人がそれぞれ取得した相続財産の価額を合計すると、別表1の〈7〉「取得した財産の合計」欄の各人欄に記載したとおり、原告甲一億三八八八万五九五〇円、原告乙三九九九万五六〇四円、訴外丁二億一一〇五万五二〇三円である。

なお、原告乙が取得した相続財産の価額を三九九九万五六〇四円と算定した根拠は、以下のとおりである。

本件において、共同相続人は、平成七年四月四日に遺産分割協議を成立させ、別表1記載のとおり(ただし、同表の〈1〉の「土地等」欄のうち原告乙欄記載の金額は除く。)、それぞれ相続財産を取得することとなったが、本件土地の借地権(貸家建付借地権)は、その存在を原告らが否定していた経緯から、未分割のまま残された。相続税法五五条によれば、このような未分割財産については、各共同相続人が民法の規定(九〇四条の二を除く。)による相続分又は包括遺贈の割合に従い当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算することとされている。

仮に、本件において、被相続人丙の遺言により、右遺産分割協議の結果のような内容で財産が取得されたのであれば、原告甲及び訴外丁は民法九〇三条に定める特別受益者となり、当該受益額を法定相続分によって算出した価額から控除して各相続人間の具体的相続分を算出することとなる。その結果、原告甲及び訴外丁に具体的相続分の余剰はないことになり、右未分割財産はすべて原告甲が取得することになるところ、本件のように、共同相続人間の遺産分割協議によって各々の取得財産の価額に隔たりが生じた場合にも、相続税額の計算上、遺贈によって右隔たりが生じた場合と同様に扱うのが相当である。

そうすると、未分割財産である本件土地の借地権(三五三六万〇一二三円)は、原告乙がすべて取得するものとして扱い、この価額(三五三六万〇一二三円)に同原告が遺産分割協議により取得したその他の財産の価額四六三万五四八一円を加えた金額が、同原告の取得した相続財産の合計額となる。

(三) 各人の取得した相続財産の合計額から、別表1の〈8〉「債務・葬式費用」欄の「訴外相続人」欄に記載のとおり、訴外丁の負担に属する債務・葬式費用一九〇万〇一四七円(内訳は別表7のとおり)を控除して、各人の課税価格を計算し(一〇〇〇円未満切捨て。別表1の〈10〉)、相続税法(平成六年三月法律二三号による改正後のもの)に従って、相続税額を計算すると、別表1に記載のとおり、原告甲が二九四二万五〇〇〇円、原告乙が八四七万三五〇〇円となるから、本件更正処分は適法である。

また、本件更正処分による増差額に対し、国税通則法六五条一項及び二項の規定に基づいて、過少申告加算税を計算すると、別表8のとおり、原告甲が一四万九〇〇〇円、原告乙が一一六万五五〇〇円となり、本件更正処分が適法である以上、本件過少申告加算税賦課決定処分もまた適法である。

(原告らの主張)

1 争点1(本件土地の借地権の存否)について

本件土地上に借地権は発生していないから、借地権の存在を前提とした本件更正処分には、契約当事者の意思を無視した事実誤認がある。

(一) 被相続人丙の本件土地利用は、被相続人丙の看病や身の回りの世話をしていた生計を同一にする娘原告甲と共同して、原告甲が所有する本件土地を利用することにより、病身の被相続人丙が医業を廃業した後の安定収入を得る手段として、本件建物を建築して家賃収入(両名で折半)を図ろうとしたものにすぎず、当事者に借地権設定の意図はなく、無償返還の意思を有することに合理的客観的理由があるから、本件土地に借地権は発生していない。

このことは、本件土地は原告甲が昭和六二年に被相続人丙から買い受けたものであること、被相続人丙が高齢でその相続開始まで長期を要しないこと、したがって、当事者間に本件更正処分認定のような高額評価を前提とした借地権を設定する意図は全く認められないこと、納税申告において地代、家賃などの科目を付したのは、便宜上にすぎないことなどの事情に照らして明らかである。

(二) 親子は、直系血族として当然に相互に扶養義務を負っているのであり、形式的な契約関係に立っていたとしても、その実質を十分に検討しなければならない。本件の場合、右のとおり、高齢かつ病身の被相続人丙が医業を廃業した後の安定収入としての家賃収入を得るために相続人の所有地を利用したものであり、家賃収入は実質的に生計を一にする原告甲による扶養の変形と見得るものである。通常の権利金ないしはこれに経済的に見合う相当地代あるいは通常地代を支払わなくても、父が娘の土地に建物を建てる承諾を得られたのは、むしろ借地権の設定の意思がないからである。地主である娘が請求すれば無償で立ち退くことを約しているからである。親子間の取決めで通常の権利金を支払わないことから認定できるのは、被告が主張する借地法上の借地権の設定を行うという意思ではなく、かような借地権の設定を行わないという意思である。このように当事者間に借地法上の借地権を設定しようとする意思がないのであるから、被告主張のようにその設定があったと認定する根拠は存しない。

2 争点2(本件土地の借地権の価額)について

仮に本件土地上に借地権が存するとしても、相続開始時におけるその借地権の価額は零である。

(一) 本件賃貸借における地代が低額であるのは親子間の契約によるからであって、被相続人丙が原告甲から贈与により取得した利益があるとすれば、それは地代の一部である。そうすると、被相続人丙は、本件土地の地代として、実際の支払地代と贈与された地代の合計額でもって、相当地代通達にいう相当の地代(本件土地の自用地としての価額に対しておおむね六パーセント程度の地代)を原告甲に支払っているから、相当地代通達3項の定めにより、権利金を支払っていない本件賃貸借において、その借地権の価額は零となる。

(二) 相当地代通達1項に定める相当の地代の率六パーセントは、現在のような超低金利の時代には実情から乖離し、合理性を欠いている。当該相当の地代の率を本件相続開始時点の市場利回り二パーセントに置き直して本件賃貸借における相当の地代の額を計算すると、その金額は、被相続人丙が原告甲へ支払った地代の年額とほぼ同額となる。そうすると、本件土地の借地権の価額は、同様に相当地代通達3項の定めにより零となる。

また、本件土地に対する相当の地代の額の算定においては、被相続人丙の本件建物の賃貸により得られる収益が被告の主張する相当の地代の額にも満たない状況であるから、相当地代通達に定める相当の地代の率を機械的に当てはめることなく、本件建物の家賃の総額を考慮して算定すべきである。

(三) 被告は、相当地代通達を根拠に、通常の権利金の支払がなく、通常の地代のみを支払っていたものであれば、自動的に権利金相当額(借地権相当額)の贈与があったと認定できるかのように主張するが、相当地代通達は法令ではないから、法令の解釈の範囲内で合理性がなければ違法であるところ、次のとおり合理性を欠く。したがって、かかる相当地代通達に基づいた本件更正処分は、相続税法一一条の二及び九条を拡大解釈した違法な処分である。

(1) 相当地代通達は、取引事例法で評価した自用地としての価額に収益還元法で定めたかのような地代率を乗じ、土地所有者である賃貸人が収受すべき地代を算定しているが、取引事例法による評価額は、特別の事由のない限り、収益還元法による評価額よりも高額となっているのは公知の事実であり、収益還元法で評価した土地の更地価額に収益還元法で定めた地代率を乗じることによって合理的な地代が算出されるという自明の理を無視し、結果として、異常に高額な地代を支払っていなければ相当の地代として扱わず、借地権の設定による利益があるものとしている。

(2) 相当の地代の率も、前記(二)のとおり、六パーセントとしていて本件課税時点の経済事情を無視した異常に高率である。

(3) 賃貸借の当事者の一方又は双方が法人である場合については、無償返還の届出の制度(将来地主に無償で返還する意思を契約上明らかにし、税務署長に届け出ることにより借地権の設定がないように扱われる制度)が認められているが、本件のような個人間の土地の賃貸借については、当事者の意思を確認する制度は設けられておらず、法の下の平等に反する。

(4) 相続税法九条の解釈通達である相続税法基本通達(昭和三四年一月二八日直資一〇)九―一〇は、親族間で土地を無償で貸与した場合に相続税法九条の経済的利益の供与に当たるとしているが、その利益を受ける額が課税上弊害がないと認められる場合には、強いてこの取扱いをしなくてもよいとしているのに、また、相当の地代と実際に受領している地代との差額を贈与したものとして同条を適用する取扱いもあるのに、贈与された経済的利益は常に借地権相当額とするのは不合理である。

第三当裁判所の判断

一  被告の本案前の答弁について

原告らは、本件更正処分の全部の取消しを求めるが、原告らが平成九年七月一〇日になした修正申告により確定した納付すべき税額については、納税者である原告ら自身が納税義務を確定させたものであるから、本件訴えのうち、右確定した修正申告額を超えない部分の取消しを求める請求に係る部分は、訴えの利益がなく不適法というべきである。

二  争点1(本件土地の借地権の存否)について

1  前記第二の一の争いのない事実によれば、被相続人丙は、昭和六二年六月一五日、所有していた本件土地を原告甲に売却してその所有権を移転した後、原告甲から本件土地を地代月額二〇万円で借り受け、同土地上に本件建物を建築し、本件建物について、昭和六三年二月二九日新築を原因とする所有権保存登記を経由したこと、その際、本件土地は、借地権の設定に際し、その対価として通常権利金を支払う取引上の慣行のある地域に存するが、被相続人丙は、原告甲に対して権利金を支払うことはなかったこと、原告甲は平成二年分ないし平成六年分の所得税の確定申告において、本件土地に係る受取地代二四〇万円(ただし、平成六年分については一月分ないし一一月分の金額として一九〇万六八四九円)を右各年分の不動産所得の収入金額に計上して同所得を算出し、右各年分の確定申告書を被告に提出している、というのであり、すなわち、被相続人丙は、原告甲所有の本件土地上に本件建物を建築、所有して同土地を使用し、その対価として月額二〇万円の賃料を支払っていたものである。そして、同じく第二の一の争いのない事実によれば、本件土地に係る固定資産税は、平成五年度が二一万八〇五〇円、平成六年度が二三万二九七〇円、平成七年度が二四万四六一〇円である、というのであって、右賃料額は固定資産税額の一〇倍前後という額である。したがって、本件土地の利用関係は、親子間の貸借とはいえ、使用貸借ではありえず、建物所有を目的とした土地の賃貸借であることが明らかであり、被相続人丙は、本件土地上に借地借家法に定める借地権を有していたものといわざるを得ない。

2  原告らは、被相続人丙の本件土地利用は、被相続人丙の看病や身の回りの世話をしていた生計を同一にする娘原告甲と共同して、原告甲が所有する本件土地を利用することにより、病身の被相続人丙が医業を廃業した後の安定収入を得る手段として、本件建物を建築して家賃収入(両名で折半)を図ろうとしたものにすぎず、当事者に借地権設定の意図はなく、無償返還の意思を有することに合理的客観的理由があるから、本件土地に借地権は発生していないとか、家賃収入は実質的に生計を一にする原告甲による扶養の変形と見得るものであり、通常の権利金ないしはこれに経済的に見合う相当地代あるいは通常地代を支払わなくても、父が娘の土地に建物を建てる承諾を得られたのは、むしろ借地権の設定の意思がなく、地主である娘が請求すれば無償で立ち退くことを約しているからである旨主張する。

しかし、原告らの主張するように借地権設定の意図がないというのであれば、親子間における土地の使用関係においてよくみられるように使用貸借により無償での土地使用を認めることが可能であるにもかかわらず、前示のとおり、原告甲は被相続人丙から賃料を収受しており、しかも、その額は固定資産税額の一〇倍前後という額であるから、まさに土地利用の対価としての賃料を収受しているとしかみられないのであって、本件土地の利用関係は、使用貸借ではなく、賃貸借であるというほかない。仮に被相続人丙が無償返還の意思を有していたとしても、あるいは、地主である原告甲が請求すれば無償で立ち退くことを約していたとしても、前記1説示のとおり、被相続人丙は本件土地上に同人名義で所有権保存登記を経由している本件建物を所有しているのであるから、客観的には同人の本件土地の借地権は対抗力を有する借地権といえるものであり、かつ、借地借家法の規定に反する特約で借地権者に不利なものは無効であって(借地借家法九条)、地主である原告甲の方から自由に借地関係を解消できる関係にはないから、無償返還の意思ないしは無償返還の約定を理由に借地権が発生していないとすることはできない。

三  争点2(本件土地の借地権の価額)について

1(一)  相続税法二二条は、相続により取得した財産の価額について、「相続、遺贈又は贈与に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によ」ると定めている。そして、右時価とは、客観的な交換価値を示す価額であると解される。

ただ、財産は多種多様であり、その客観的な交換価値は一義的に確定されるものではないことから、課税実務上、納税者間の公平、納税者及び課税事務の便宜等の観点から財産評価の一般的基準として評価通達が定められており、同通達により財産評価がなされているところ、評価通達の定める評価方法が合理的である限り、右評価通達によって評価された本件土地の借地権の価額は時価として合理性を有するものということができる。

(二)  証拠(乙9)によれば、評価通達は、二七項において、借地権の価額は、その借地権の目的となっている宅地の自用地としての価額に、当該価額に対する借地権の売買実例価額、精通者意見価格、地代の額等を基として評定した借地権の価額の割合がおおむね同一と認められる地域ごとに国税局長の定める割合(借地権割合)を乗じて計算した金額によって評価し、また、本件土地のように貸家の目的に供されているいわゆる貸家建付借地権の価額は、二八項において、右のとおり評価した借地権の価額から、その借地権の価額に九四項の定めによるその貸家に係る借家権割合(国税局長の定める割合。大阪国税局管内の一部の地域については四〇パーセント、その他の地域はすべて三〇パーセント)を乗じて計算した金額を控除した価額によって評価することとしている。

原告らも、評価通達による右のような貸家建付借地権の評価方法の合理性自体については争わないところ、右評価方法は、地域の実例、実績等に基づいて定めた借地権割合、借家権割合を用いて借地権の評価をするもので、合理性を有するものと認められる。

2  さらに、相当地代通達は、借地権の設定に際しその対価として通常権利金を支払う取引上の慣行のある地域において借地権の設定された土地について、権利金の支払に代えて相当の地代が支払われている場合、通常の地代の額を超え、相当の地代の額に満たない地代が支払われている場合等の特殊な場合の相続税及び贈与税の取扱いを定めているところ、その趣旨は、以下のとおりと解される。

借地権の設定に際しその設定の対価として通常権利金を支払う取引上の慣行のある地域において、土地賃貸借契約締結に際して権利金(いわゆる借地権相当額)の支払がなされれば、借地権者は、借地権相当額の対価を支払って借地権を取得したものであるから、借地権者に課税関係は生じないが、権利金を支払う取引上の慣行のある地域において、土地賃貸借契約締結に際して権利金の支払がない場合には、借地権者は、その土地の権利金相当額の経済的利益を土地所有者から受けたものとして、贈与税の課税対象になると解される(相続税法九条)。しかし、その場合でも、権利金の支払に代えて、近隣地代と比較して高額の地代(相当の地代)が支払われているときは、土地所有者にとって、その土地の地代収受権としての経済的価値は減少しておらず、なお更地としての経済的価値を維持しており、その反面として当該借地権の経済的価値はほとんど零に等しいと考えられるから、借地権者が土地所有者から権利金相当額の経済的利益を受けたものとはいえない。また、通常の地代の額を超え、相当の地代の額に満たない地代が支払われているときは、借地権者の受けた経済的利益は零ではなく、地代額の多少に比例して、借地権相当額が変動すると考えられる。そこで、相当地代通達は、このような特殊な場合について、借地権者の受けた利益の取扱い、その貸宅地又は借地権について相続、遺贈又は贈与があった場合の当該貸宅地、借地権の評価について例外的な取扱いを定めたものと解され、右趣旨に照らせば、相当地代通達の内容はそれ自体合理的なものと認められる。

3  以上を前提に本件について検討するに、前記第二の一の争いのない事実によれば、本件土地は、借地権の設定に際しその対価として通常権利金を支払う取引上の慣行のある地域に存するが、被相続人丙は、原告甲から本件土地を地代月額二〇万円で借り受ける際、原告甲に対して権利金を支払うことはなかった、というのであり、そして、右地代額は、証拠(乙2、8、9)及び弁論の全趣旨(原告らは別表10の〈7〉の路線価自体を争うものではない。)によって認められる本件土地に対する相当の地代の額八六九万四四三一円に満たず、通常の地代の年額三四七万七七七二円も超えるものではない。

そうすると、本件土地の借地権は、右2の相当地代通達の適用される特殊な賃貸借に該当しないから、その価額は、右1の原則的取扱いにより、評価通達二八項の、貸家の目的に供されているいわゆる貸家建付借地権として評価するのが相当である。

そして、証拠(乙2、9ないし12)によって認められるところに従い本件土地の借地権の価額を算定すれば、第二の三の(被告の主張)2(三)記載のとおり三五三六万〇一二三円と認められる。

4(一)  原告らは、本件賃貸借における地代が低額であるのは親子間の契約によるからであって、被相続人丙が原告甲から贈与により取得した利益があるとすれば、それは地代の一部であり、被相続人丙は、本件土地の地代として、実際の支払地代と贈与された地代の合計額でもって相当地代通達にいう相当の地代(本件土地の自用地としての価額に対しておおむね六パーセント程度の地代)を原告甲に支払っているから、相当地代通達3項の定めにより、権利金を支払っていない本件賃貸借においてその借地権の価額は零となる旨主張する。

しかし、借地権の設定に際しその対価として通常権利金を支払う取引上の慣行のある地域において、権利金の支払がない場合には、権利金の支払に代えて相当の地代を支払っているような特殊な場合以外は、借地権者が権利金相当額の経済的利益を得たものとみるのが自然であり、被相続人丙と原告甲との間で、月額二〇万円とは別に賃料を定めたというような事実は本件全証拠によるも認められないし、被相続人丙が原告甲から地代の一部(に相当する額)の贈与を受けているとみるべき事情も窺われないから、原告らの主張には無理があり、採用することができない。

(二)  原告らは、相当地代通達1項に定める相当の地代の率六パーセントは、現在のような超低金利の時代には実情から乖離し、合理性を欠いているのであって、当該相当の地代の率を本件相続開始時点の市場利回り二パーセントに置き直して本件賃貸借契約における相当の地代の額を計算すると、その金額は、被相続人丙が原告甲へ支払った地代の年額とほぼ同額となるから、本件土地の借地権の価額は、相当地代通達3項の定めにより零となる旨主張する。

確かに、相当地代通達に定める相当の地代の率年六パーセントは、本件相続開始当時の市場利回りに比して高率であることが窺われるが、右相当の地代の率は市場利回りのみに基づいて算定されたものではないこと(乙8)、相当地代通達は、前記判示のとおり権利金の支払に代えて相当の地代が支払われている場合等の特殊な場合について、相続等があった場合の借地権等の評価について例外的な取扱いを定めたものであることからすると、同通達の年六パーセントという地代の率は、著しく不合理とまでいうことはできない。

また、原告らは、本件土地に対する相当の地代の額の算定においては、被相続人丙の本件建物の賃貸により得られる収益が被告の主張する相当の地代の額にも満たない状況であるから、相当地代通達に定める相当の地代の率を機械的に当てはめることなく、本件建物の家賃の総額を考慮して算定すべきである旨主張するが、借地上の建物を賃貸するか否かや、賃料額をどの程度とするかは被相続人丙の自由であり、貸家の家賃の総額は、本件土地の地代や権利金に代わる相当の地代の額の算定に関係しないというべきであるから、原告らの右主張も採用できない。

(三)  原告らは、相当地代通達は合理性を欠くとしてその理由を種々主張し(第二の三(原告らの主張)2(三)の(1)ないし(4))相当地代通達に基づいた本件更正処分は、相続税法一一条の二及び九条を拡大解釈した違法な処分である旨主張する。

しかし、本件土地の借地権の認定及び評価については、いわば例外規定である相当地代通達が適用されないことの確認としてその通達の適用の有無が検討されているにすぎず、相当地代通達が適用されない結果、原則どおり評価通達により評価されているのであるから、本件更正処分は、相当地代通達に基づくものではないし、相続税法一一条の二及び九条を拡大解釈したということもできない。

原告らが相当地代通達は合理性を欠くとして種々主張するところも、特殊な土地賃貸借について例外的な評価の取扱いを定めた前示相当地代通達の趣旨に照らせば、いずれも合理性を欠くとまでいうことはできない。

四  本件更正処分及び本件過少申告加算税賦課決定処分の適法性

本件土地の借地権以外の相続財産については争いがなく(前記第二の一の争いのない事実1)、以上の認定判断を前提に、原告らの相続税額を計算すると、第二の三の(被告の主張)3のとおり、原告甲が二九四二万五〇〇〇円、原告乙が八四七万三五〇〇円となる。

また、本件更正処分による増差額に対し、国税通則法六五条一項及び二項の規定に基づいて、過少申告加算税を計算すると、別表8のとおり、原告甲が一四万九〇〇〇円、原告乙が一一六万五五〇〇円となる。

以上によれば、本件更正処分及び本件過少申告加算税賦課決定処分はいずれも適法というべきである。

五  結論

よって、原告らの訴えのうち、本件更正処分について原告らの修正申告額(原告甲の納付すべき税額二七九三万四二〇〇円、原告乙の納付すべき税額六九万八三〇〇円)を超えない部分の取消しを求める請求に係る部分をいずれも却下し、原告らのその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 大竹貴 裁判官田口直樹は、転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 水野武)

別表

相続税の課税の経緯及びその内容

〈省略〉

別表1

課税価格及び相続税額の計算明細表

〈省略〉

別表2

土地等の内訳表

〈省略〉

別表3

土地等の内訳表

〈省略〉

別表4

有価証券の内訳表

〈省略〉

別表5

現金預貯金の内訳表

〈省略〉

別表6

その他の財産の内訳表

〈省略〉

別表7

債務・葬式費用の内訳表

〈省略〉

別表8

過少申告加算税の計算明細表

〈省略〉

別表9

貸家建付借地権の評価明細表

〈省略〉

別表10

相当地代の年額及び通常地代の年額の算定明細表

〈省略〉

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